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Unlock yourself. 自分を”アンロック”せよ

津波から奇跡的に生還した”禅僧”の「自分をアンロック」するブログ。

ピタゴラそうちを起動せよ。

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飛光よ 飛光よ

時間というものは

今日から明日

明日から明後日に続いていく

そんな気がして暮らしているけれど

実は全く逆で

未来から現在へ

そして現在を”ひゅっ”と通り過ぎ

いつの間にか過去へと

飛び去っていく

そういうもの。

 

飛光よ 飛光よ

 

ぼんやりしていると

”現在”はもちろん”未来”まで

たちまち”過去”に飛び去ってしまう。

 

”ブッダ”に会いたい

その想いは

飛光の速さに急かされ

焦りとともに

ますます強くなっていた。

 

satoryoki.hatenablog.com

 

"本”と、”著者”と出会う

言葉に出来ない”もつれ”を抱いたまま

それでも

”ブッダに会いたい”と願いつつ

仏典、仏教書を読み漁るうちに

ある時ふと

アップデートする仏教”という本に出会い

その本の著者のひとりである禅僧

文字を通じて”出会った”。

 

その本はまるで

 

私の中の

言葉に出来ない”もつれ”を

鼻歌を歌いながらするすると解き

素朴に

誠実に

そして

今まで読んだどの仏教書より

”愉しそうに”

書き明かしてあるように感じた。

 

私はネットでなんとか著者の情報を探り当てた。

 

その著者が住んでいる場所は

私の住む岩手からだと東京をまたいで

更に一時間の小さな町。

 

あれ。

行けるんだ!

東京のちょっと先なんて

余裕で行ける!

 

すごい世の中になってしまった

早速”直接”メールをし、

その方の坐禅会への参加をお願いした。

 

すごい世の中だ。

 

会いたい人に、直接メール。

 

本の著者に、すぐ会える。

 

ローマ法王の”つぶやき”さえ

私に”直接”届けられる

そんな世の中なのだ。

 

本当にすごい世の中になってしまった。

 

せっかくそんな世の中なのだ。

遠慮している暇はない。

遠慮する理由がない。

 

 

それから

まるで物語の”本編が”

ようやく始まったような気がした。

satoryoki.hatenablog.com

新しい友人たち

その坐禅会には

それこそ

当事者として

自分の人生を

学びたくて学んでいる

探求したくて探求する

軽やかに

それを愉しんでいる

そんな人達が集まっているように思えた。

 

”トラックの上”以来

もがき続けていた

私の目の前に

思いもよらぬ”道”が

まるで”だまし絵”が不意に見えたかのように

立ち現われたようだった。

 

satoryoki.hatenablog.com

 

その後も私は

その方の坐禅会に時間を作って参加するようにし

また全国各地で開催される

その方を中心とした学びの場に

遠慮なく

図々しく

どこまでも行き

参加していった。

 

その方も含め

そこで出会う”友人”たちは

今まであまり出会うことのなかった

自分の”人生の当事者”として

喜んで学び、”生きて”いることを愉しむ

そんな友人たちだった。

 

ピタゴラそうち、起動

不思議なもので

出会う友人やご縁に

積極的にというよりは

むしろ”素直に受動的に”

身を任せていくと

次々に

思いもよらぬ出会いや学びが

みんなも大好きな、あの

ピタゴラそうち”のように

起こってゆく。

 

人生は不思議な”ご縁”という”ピタゴラそうち”。

 

そのカラクリを愉しもう。

 

そのカラクリを怖れすぎず

カラクリにスイッチを入れることが

本当にそれができれば

ご縁という

不可思議なカラクリが

ピタゴラそうち”が

私たちを運んでくれる。

 

カラクリそのものが運んでくれる

人と、出会うこと。

 

人と出会うことが

自分のピタゴラそうちを起動する

ピタゴラスイッチなのだ。

 

人と出会うことが

次の出会いを引き起こし

ピタゴラスイッチを押し

ピタゴラそうちを起動し

自分を自分のあるべき方向に

変えていってくれる。

 

そしてそのうち

カラクリそのものが

ブッダに会わせてくれる

そういうものなのだろう。

 

何度でも押せばいい

言葉に出来ない”もつれ”に

手足を絡めとられていた私は

あの本と著者に出会って以来

いつのまにか

人生という

ご縁というピタゴラそうちを

愉しんでいた。

 

もし装置が行き詰まったように見えても

もう大丈夫。

もう一度ピタゴラスイッチ

押せばいい。

 

ピタゴラそうちを愉しもう。

何度でも人に出会って

ピタゴラスイッチを押し

自分のピタゴラそうちを

起動させればいいのだ。

 

何度でも

何度でも

 

ピタゴラスイッチを押せばいい。

 

どこにでも、行けばいい。

どこにだって、行けるから。

 

誰にでも、会えばいい。

誰にだって、会えるから。

 

 

それが出来てしまう時代に

生きているという幸福!

 

遠慮も躊躇も

どうでもいい。

 

飛光よ  飛光よ


私よ


飛光に乗ってゆけ。

 

Have a good day, and peace.

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