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Unlock yourself. 自分を”アンロック”せよ

津波から奇跡的に生還した”禅僧”の「自分をアンロック」するブログ。

今日という日は「”一年前の今日”の一年後」

アンロック 悟り 今、生きてるという奇跡

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リクルートスーツとバックパック

時間というトリック、のようなものに気がついたのは21歳の頃だったと思う。そのころ自分は「この目で世界を見てみたい」と、バックパックを背負って海外をほっつき歩いていた。一方、大学の同級生はリクルートスーツを颯爽と着こなし、一部上場企業に就職を決めていた。

 

衝動を信じて

こんな自分でも不安でなかったわけではなく、かと言ってこのまま中途半端な自分で社会にでることもためらっていた。

そしてそれ以上に、「旅に出たい」という衝動が「意思」とは関係のない心の深い淵から湧き上がることは、はっきりと感じていた。

 

 

今年就職するか、旅に出るか。来年就職するか、来年も旅を続けるのか。そんな選択の間でもがいていた時、不意にタイムマシンで未来と過去に同時に行って戻ってきたような「キツネにつままれた」ような奇妙な感覚に落ちた。同時に、あ、そうなのか…と、妙な”納得した”や”理解した”ようなものが落ちてきた。

 

時間という壮大なトリック

過去、現在、未来。それが「時間」というものの基本的な構造だと思っていた。ところが、それではどうにもつじつまが合わないってことに気がついた。

何かが、アンロックした。

 

「今日」、”来年のこと”を考えているけれど、来年になって振り返れば「今日」は、「一年前の今日」なんだ。つまり、”今日この日”だって、「”一年前の今日”の一年後」なのだ。

僕らが生きている”時間”ってものは、今日という日が延々続くだけ。思い描くいわゆる”未来”は、蜃気楼のように常に”思いが故に”先に逃げていくだけなんだ…と。

 

 

文字通り、「明日」や「未来」は来ない、のだ。

だとすれば、そう安心構えて「来年」に何かを予定したり

「過去」を悔やんでいる場合ではないのではないか。

 

「今」にしか居ようがない

今が、「未来から見れば過去」であり

今が、「過去から見れば未来」だから。

 

 

そして自分は、「”今”にいる」としか言いようが無い。

 

 

毎日が、「今日」でしかない。

「今」でしかない。

 

 

現在を挟んで、過去や未来があるのだという「壮大なトリック」に

私たちは暮らしているのかもしれない。

 

 

「明日」は、来るのだろうか。

明日の朝、それが「明日」なのか、確かめてみよう。

 

Unlock your life.

Unlock yourself.

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