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Unlock yourself. 自分を”アンロック”せよ

津波から奇跡的に生還した”禅僧”の「自分をアンロック」するブログ。

”ヴァルネラビリティ”をアンロックせよ

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ヴァルネラビリティ?

このヴァルネラビリティ-vulnerability-という

耳慣れない言葉を初めて聞いたのは、

たぶんTEDだったと思う。

 

同じ言葉を6月にサンフランシスコで

メンター2人の口から、マインドフルネスや

コーチングのキーワードとして教えてもらった。

 

vulnerabilityとはなんぞや?と、調べてみると

「弱さ」「脆弱性」「攻撃されやすさ」などと

そんな意味が出てくるが

人や心に対して使う場合は、ニュアンス的には

「弱さ」が近いのかなと思う。

(言葉は所詮使う人の感覚の表現でしかないので。)

 

マインドフルネス、コーチングの世界で

この”ヴァルネラビリティを認める”ことが

大事なポイントだという。

 

それがどうにも引っかかっていて

なにか自分が感じ続けていたことを解き明かす

”隠されたコード”のような気がして

そのTEDを何度も見返し、やっと腑に落ちた。

ブレネー・ブラウン:傷つく心の力 | TED Talk | TED.com

 

正直さしか、共鳴しない

「津波」という生死を分ける体験の後

ほとんどのことが”どうでもいいこと”だとわかり

 

正直な言葉、正直な人、しか

僕には響かない、ということが分かった。

 

「ほんとうに生きている人」に会いたくて

「ほんとうの言葉」を聞きたくて

 

そうやって出会った人たちや言葉たちは、結局

「自分に正直に生き、話している」

ということだった。

 

年齢や立場でモノを言うのではなく

いいところばかりを見せるのではなく

 

むしろ”失敗”や”恥ずかしいところ”を正直に認め、

それをいわば”人目に晒す”、

そんな正直さ、誠実さ。

 

僕の心を動かしてきたのは

そんな「正直さ」だった。

 

(参考:2015-12-06過去記事)

satoryoki.hatenablog.com

 弱さを”人目に晒す”と、何が起こるのか

自分自身、何が起こるかわからないまま

震災以降、積み重なってバランスを失いつつあった「本音」を、拙い言葉で拙いままに書き、

ブログというカタチで衆目に晒した。

 

あの頃は(といってもまだ一年前でしか無いけれど)

まるで熱帯の奇病にでも冒されたように

衆目に晒すことを恥ずかしいとも思わず

自分の「弱さ」「脆さ」を、

吐き出すように書いていた。

 

結果、どうなったのか。

 

 

誰かを励まそうとしたのでもなければ

誰かを助けようとしたのでもない。

誰かへのメッセージでさえない、

そんな言葉たちだった、はずなのに。

 

”ブログに救われています”

”今日を生きる元気をもらいました”

”いつか会いたいです”

 

そんな予想外の反応がたくさん届いた。

 

そうか。

私が何者であるか、ということは

大した問題ではなく、

私が何を知っているか、ということも

大した問題ではない。

 

私が「ほんとうのことを」晒しているかどうか。

無防備に、そこにいるかどうか。

 

それこそが他人とつながる”隠されたコード”だったんだ。

 

ただの”自分”で、開き直って生きること

私達はみんな、ミリオネアでもなければ

何かを成し遂げたわけでもない。

 

ティク・ナット・ハンでもなければ

スティーブ・ジョブズでもない。

 

ただのひと、だ。

なのに、だから、

”何者か”のように振る舞う必要はない。

 

弱くて、脆くて、情けなくて

それでもなんとか生きている「ただの自分」。

でも

あなたがそのままの姿を見せてくれれば

どれだけの人が勇気をもらうだろう!

 

弱さを認めることは、勇気がいるかもしれない。

でも、弱さを隠し続けるほうが

長い目で見たら、本当は辛い。

 

何者でもない自分で、開き直って生きる。

ヴァルネラビリティを手がかりに

他人とつながり

より自由に身軽に生きる”隠されたコード”が

手に入るかもしれない…

 

Unlock your vulnerability.

Unlock yourself.

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