Unlock yourself. 自分を”アンロック”せよ

津波から奇跡的に生還した”禅僧”の「自分をアンロック」するブログ。

生命のともしびは、風とともに(1)

 

f:id:satoryoki:20180130212525j:plain

二人の祖父

僕には二人、祖父がいる(いた)。同居していた父方の祖父と、母方の実家の祖父。その二人の祖父が同時期に他界した。僕が高校生二年と三年のときだ。その二人の祖父の”最期のありよう”があまりにも対照的だった。まだ純朴さだった僕にはちょっと受け入れがたいものだった。そのショックが引き金となって、ホスピスに興味をもつようになったのは大学の時。その時点ではまだ、ショックとしか受け取れてはいなかった。

その、父方の祖父の「死に様」が、今の僕の「”死”の原風景」となっている。

 

父方の祖父

同居していた父方の祖父は(以下、単に”祖父”と記述します)、今のうちのお寺の先々代の住職。肝臓がんの末期を医師から告げられると「あぁ、そうか。」と頷くと、やることがあるからと言って一切の治療を”明快に辞退”し、寺に戻ってきた。祖母はじめ家族はみんな”何かしら”の治療を受けることを勧めた。医師も、場合によっては相当な痛みも予想されるから、定期的に診察してくれと頼んできたが、それも断っていた。かろうじて近隣に住む看護師さんが毎朝”安否確認”に来てくれた。

 

変わらぬ日常

寺に帰ってきてからも、朝の勤行と坐禅を毎日続ける祖父。祖母には、「今日はついに声が出なかった…」とこぼしていたらしい。そして日中はいつものように野良仕事しつつ、お盆へ向けて”卒塔婆”書きをしていた。

 

しばらくたったある夜、

 

祖父がいわゆる「小僧時代」を過ごした東京のお寺の”娘さん(年は祖父と変わらない)”Rさんが、病状を聞きつけ東京からお見舞いにきてくれた。事実上「お別れ」でもあるお見舞いだ。

 

(参考:過去記事) 

satoryoki.hatenablog.com

 あとは頼んだ

その夜は皆がとても楽しく食べ、飲んだ。近況を言い合い、昔話に花を咲かせ、僕は祖父がとても楽しそうなのが無性に嬉しかったのを覚えてる。

 

次の日、Rさんが帰ったあとから、祖父は寝たきりになった。高校生だった僕は不思議に思い、祖母に病状を聞いた。

すると…

 

昨夜、茶の間での会食が終わり、皆が床につき始めた頃。祖父は私の父を呼んで、こう言ったそうだ。

 

「明日から寝たきりになるから、

    あとは頼んだぞ。」

 

生命のともしびが

寝たきりになってからの祖父は、「痛いとこ、苦しいとこありますか?」と聞いてもただ首を横に振るばかり。お医者さんからは”いろいろな痛みがあるはずだけど…”と首を傾げられる。

僕は祖母と一緒にパンパンに腫れ上がった下半身を拭きながら、これで痛くないはずない…と、恐怖を感じていた。

 

そして、お盆を目前に控えた8月7日…

(その2へ続く)

 

Unlock yourself.

Unlock your memory.

 

※自分を「アンロックする」、

無料メルマガを配信してます。

登録していただくと、

今なら、津波で助かったことで気づいた

「生きる基準値を、シフトする」

特別音声をプレゼントしています。

登録はコチラ  ↓

佐藤良規メールマガジン 読者登録


f:id:satoryoki:20180130154158j:image

================

【講話・講演・ワークショップ等 お受けします】

*「津波で生き残った禅僧の”いのちの話”」

「ほんとうの自分を生きる」

「被災地で知ったほんとうのグリーフケア」 等

*メール mail@satoryoki.jp

フェイスブック https://www.facebook.com/bakachin2000

ツイッター 法衣無き遊行者@佐藤良規 :bkcn2k

*プロデュースコンテンツ

インターネットラジオポッドキャスト

< 藤田一照「仏教で人生はもっと面白い!?」>

Itunesポッドキャスト)版】 https://goo.gl/Zxe7jd

【ブログ版】 http://fujitaisshopodcast.seesaa.net/

Youtube版】 https://goo.gl/gJBV48

====================