日々に、「余白」を増やそう
「飛躍の年」は、飛躍しすぎ?
いつも購読している、あるブログを読んで
正月早々笑わせてもらった。
この書き手の方は本当にセンスがいい。
以下、引用(笑)
かつては手段だった「飛躍」がいつの日からか目的化し、何かを成し遂げるための飛躍ではなく、「飛躍のための飛躍」となり、ついにアンコントローラブルになった「飛躍」という魔の手により自分の中の何かが何百万倍になろうともさらに飛躍し続ける際限無き飛躍の化け物。このまま行けば10年後は95,367,431,640,625倍、そして20年後はなんと931,322,574,615,478,515,625倍、すなわち9垓3132京2574兆6154億7851万5625倍になります。
「今年は飛躍の年にします」と毎年のように言っている飛躍人間は哺乳類ではなく鳥類の一種なのではないか - もはや日記とかそういう次元ではない
この記事に気付かされることがあって、それは無自覚に「飛躍」や「成長」や「達成」をとにかく念頭に置いてしまう「パターン」。このブログではないけれど、毎年毎年ほんとうに「飛躍」していたら、もはや鳥類だし(汗)もし描いたような飛躍が出来てなければ「今年は〜ができなかった」と、もしかしたら「ダメ出し」をしてしまうのかもしれない。「飛躍の年」とパターンは、現実から飛躍しすぎているのかもしれない。酉年だけに、ね(^_^;)
しない、しない、夏
1989年つまり17歳の時に「しない、しない、夏」という浜田麻里さんの詩がヒットした。(記憶では小学生のころだと思っていたけど)カネボウの眩しいCMと相まって、思春期だったはずの私にとって多分初めて「大人の女性」を意識した夏だった。その後、ライブ映像を見たときには「なんてステキな女性がいるんだ!」と驚いた記憶がある。本当に柑橘系の果実が、日光を浴びすぎてはじけ飛んだような、そんな眩しさだった。浜田麻里さんの魅力に加え、歌詞も妙に引っかかった。
”return to myself
自分らしい、恋をそう見つけたの
return to myself
こころ染め直し いない、しない、夏”
恋のくだりは思春期ということで(笑)だけど17歳の私も、”return to myself”というワードに引っかかったってことは、どこか喪失感や息にくさを感じてたんだろうと思う。 そこからの「こころ染め直し、しない」に続く。どこかで社会に順応していかざるをえない窮屈さを代弁してくれてるように感じたのかもしれない。
しない、しない、年
今年は、という風に目標を立てるのもパターンだけれど(汗)今年は少し「しない」ことをテーマにしてみようと思う。いつも何気なく「無自覚にしている」ことに注意深く。「しない」ことを少し増やしていきたい。
しない、しない、年。
そう、日々に「余白」を増やしたいんだ。余白があるからこそ予期しない面白いことが生まれてくる。その、予期しない波に愉しんでチャレンジする「余白サーフライダー」なんてどうだろう(笑)
という
わ
け
で
よ
は
くです。(笑)
では。
Unlock your life.
Unlock your margin.
==============
Sato Ryoki 佐藤良規
Mail: bakachin2000@gmail.com
Twitter: bkcn2k
========================