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Unlock yourself. 自分を”アンロック”せよ

津波から奇跡的に生還した”禅僧”の「自分をアンロック」するブログ。

「いのちの不思議さに出会う」厳粛な”ワークショップとしての葬儀”

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大きな誤解

ホスピスでボランティアしてたこともあり、葬儀や法事などの「宗教儀式」がもつ「心理的効果」に、私も関心があった。日本で一般的に行われているであろう葬儀から始まり初七日〜四十九日〜百カ日〜新盆〜一周忌〜三回忌という流れは、よく見てみると徐々に間隔を伸ばしてっているのがわかる。ある人が亡くなって、家族はその悲しみにくれている。が、連続的な儀式を通じて”ひと”が集い、その悲しみを共有しながら時間を過ごしてゆく。その間隔を段々伸ばしてゆくことで悲しみを徐々に受け入れてゆくことになる。うまくできているなァ、と”思っていた”。

でも近頃、私は大きな誤解をしていたのではないかと思っている。

 

ワークショップは作りこまれている

昨年は思うところあって仏教関係だけではなく、様々な職種業種のセミナーやワークショップに参加した。興味を持ってはじめて気づいたが、世の中にはたくさんのセミナーやワークショップがある。無料のものから”けっこう”高額なものまでピンきりだ。私自身の感覚で言えば、学ぶ内容が”ほんもの”かどうかが大事であって、単純に値段の高い安いだけでは価値が測りきれない。大学や専門学校行くことを考えれば、少々高額なセミナーだって割安に思うこともある。

この商品として売られているセミナーやワークショップは実によく練られている。たとえばビジネス関係のセミナーだって、初心者でも商売が始められる気になるようにしっかりと組まれている。やるかやらないかは別として、その作りこみは感心するものが多い。

 

厳粛なワークショップ

「いのちの大切さ」「いのちの不思議さ」「生きていく目的」などというものは、なかなかコトバで言っても実感しにくい。ビジネスだって物を売ってみなければ何もわからないだろう。

実は一連の「葬儀から始まる連続的儀式群」は、数十世代を超えて練られてきた「いのちの不思議さに出会うためのワークショップ」ではないかという確信が生まれつつある。あらゆる儀式的な流れや”行為としての”作法、その場の雰囲気や香の香り、音など全て込みで「いのちの不思議さに出会うため」の環境として洗練されてきたのだ。

ともすれば”個々の儀式の作法や内容”に焦点をあて、その意味を問うたり考えたりすることはあっても、カンジンカナメの「全体のめざすところ」を考えたことがなかった。

 

悲しみが癒やされる、あるいは悲しみが人生の一部として統合されてゆくというものは「副次的効果」もしくは当然そこに含まれるものであって、「連続的儀式群」のほんとうの目的は「いのちの不思議さに出会う」ための厳粛なワークショップなのだ。

 

 (参考 過去記事「臨床宗教師は必要か?」)

satoryoki.hatenablog.com

 

生きる次元を変える

人生のうちで、大切な人を失う経験はそれほど多くない。だからこそそれが起きた時のインパクトは自分が思うよりずいぶん大きいのではないだろうか。自分にとってつらく悲しい、ある意味望ましくないことが起こった時は、自分の生命が生きている不思議さをもっとも身近に感じる時でもある。宗教(私の場合は仏教になるが)が一連の儀式群をオーガナイズ、あるいはデザインすることで、「いのちの不思議さに出会う」’”質”とその後の変化飛躍的に高めることが出来るのではないか?。

 

宗教儀式がある意味悲しみを癒やしたりする「心理効果」があるのは当然で(意図的に効果を見越している)、むしろそれらを全部ひっくるめて儀式に関わった人がいのちの不思議さに出会い、あえて言うならば「生きる次元を変えること」のために宗教儀式があるのだ。

 

責任あるファシリテーター

いのちの不思議さに出会うワークショップとしての葬儀”が本来だとすれば、それを司る”ファシリテーター”としての僧侶はぐっと責任が重いはず。そしてファシリテーターだからこそ”何を””誰に””何のために””どのように”デザインしていくかは「しっかりと意図できてなければならない。」そこを見落としてしまっていると、「読経専門の僧侶」としてアマゾンと争うことになる…

 

そう見れば葬儀と一連の”連続的儀式群”は、セミナーやワークショップの”最上級に厳粛な”もののひとつなのだ。なぜならそのテーマは、ほかでもない「いのち」なのだから。だからこそ「お布施」も、単純に金額だけで安い高いと言えない”はず”なのだ。

 

結論。

 

生きている不思議

自分の人生ってなんだ

生きるって一体なんだ

 

「あのときの葬儀で人生が変わった」

そういつの日か振り返るような

その人の”生きる次元”を変えるかもしれない

「”いのちの不思議さに出会う”ワークショップとしての葬儀」を、

もちょっと突き詰めてみたい。

 

武者震いがするぜ。

 

Unlock yourself.  Unlock your life.

 

・・・・・・・・・
佐藤良規
Sato Ryoki
mail:bakachin2000@gmail.com
Twitter:bkcn2k
 

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