オレもあいつも、大した事ないヤツ同士
老人ホームの憂鬱
カナダでワーホリをしていた時、英語の練習も兼ねて老人ホームでボランティアをしていた。(注:英語の練習に老人ホームでのボランティアは最高です)いわゆる受験英語の勉強以外、バックパッカーの”やっつけ英語”しか話せなかった僕にとって、英語ネイティブの環境はやはり苦痛だった。苦痛というより、悔しかったんだろう。
語彙数は少ないし、発音だってダサダサ。少し喋れるようになってくるにつれて、英語が下手だという気恥ずかしさのようなものが何故か大きくなってきたように思う。
チャイナタウンの奇跡
ところがある日、ボランティア先の老人ホームのスタッフとチャイナタウンで食事をした時のこと。チャイナタウンの通りを歩きながら、目につく看板に書いてある「漢字」の意味を僕に聞いてきた。
あれはなんて漢字?あれはなんて読むの?あれはどういう意味?
はじめは何気なく答えてた僕も「肉」や「青」って字を聞かれた時
不意に「Unlock」した。
あ、カナダ人は漢字が読めないんだ・・・
漢字における僕の博学ぶりたるや
それに引き換えどうだろう、この僕の漢字における博学ぶりは!中国語なので全部がわかるわけではないけれど、まあおおよそ意味は汲んで取れる。「漢字が読めない」人にとってはこれはすごいことにちがいない!
カナダ人が漢字が読めず、日本人の僕は普通に読める。
そんなの当たり前。かっこわるくも恥ずかしくもない。
日本人が英語がわからず発音もヘタ。
これまた当たり前!
かっこわるくも恥ずかしくもないよ。
誰にどう思われ、何を言われるというのか
自分が何かしようとすると、まず「自分が」それを否定しようとしてしまう。「かっこわるい」「はずかしい」もう一個言えば「誰かになにか言われる」
「誰か」って、誰よ!?
「誰か」って、「自分」じゃない!
自分が勝手に「かっこわるい」「恥ずかしい」と思い込んでただけ。もしかすると知らない内に誰かに「そう吹き込まれた」のかもしれない。そんなことどうでもいいんだ。
どうでもいいんだよね。
相手が自分ってわかれば、どーってことない。
やってる奴はカッコイイ!
そもそも僕らはいつまでたっても中途半端でそこそこの、大した事ないヤツ。だけどがっかりする必要ない。だって「世の中のほとんどの人」が、その”大したことのないヤツ”なんだ。そいつら相手に「はずかしい」だの「かっこわるい」だの「なにか言われる」だの、そんな”自分発信の気苦労”なんて、意味が無い。
そっちの方がむしろ恥ずかしい(-_-;)
「はずかしい」「かっこわるい」「誰かになにか言われる」
そんなものUnlock して、好きなようにやっちゃえ。
オレもあいつも大したことないヤツ同士。
そのまんまでいい。
そのまんまでいいから
なにか「やってるヤツ」のほうがカッコイイ。
やっちゃえ。
やっちゃえば、カッコイイよ!
Unlock yourself.
Unlock your life.